2017年4月1日土曜日

英語で書く季節のエントリー

The Kanazawa Miyako Hotel("金沢都ホテル")by the Kanazawa Station closed yesterday.

I dropped in at the hotel before going to work yesterday morning.

I found some female employees were sobbing with working.

Some newspaper reporters came to interview the employees and the visitors of the hotel.

I have fond memories of coming to eat a fruit parfait and others with my family at a cafe in the hotel when I was a child in the period of Japan's rapid economic growth.

At that time, the hotel was called "金沢ビル(Kanazawa Building)," and the seven-story building was my admiration.

A newspaper reporter asked me my impression about closing of the hotel, so I said my such memories.

After taking a few pictures, I returned to my commuting route with saying goodbye and thank you for your beautiful memories to the hotel in my mind.



(関係記事)

金沢都ホテル 惜しまれ閉館 もてなし刻んだ54年


2017年4月1日 中日新聞プラス

ビル工事、食事…思い出深く

 金沢都ホテルは東京五輪を翌年に控えた一九六三年三月十一日に開業。レストランや式場、オフィステナントを備えた七階建てで駅前のにぎわいを生み出す大きな存在だった。当初、宿泊部屋数は五十室だったが、八三年に新館を増築し約四倍に。駅から徒歩二分の好立地で、北陸新幹線開業後は高い稼働率を誇ったが、耐震性の問題で昨年十一月に営業終了を発表した。

 最後に宿泊客を受け入れた三十日は全百九十一室がほぼ満室となり、約二百五十人が「最後のおもてなし」の時間を過ごした。

 午前十一時十分、従業員一同が正面玄関前に整列。井上慶一総支配人(62)が「長きにわたりご愛顧いただき、ありがとうございました」とあいさつし、全員でお辞儀。ドアとカーテンが閉められ、五十四年の歴史に幕を下ろした。

 井上総支配人は「あたたかい言葉をたくさんいただき、みなさんの思い出の中にこのホテルが存在していることを改めて感じた」と振り返り「私個人としては北陸の人の期待に応える形で、もう一度皆さまにお会いしたい」と話した。

 今後については建物を所有する近鉄不動産とホテルを運営する近鉄・都ホテルズ(いずれも大阪市)が、ホテルやオフィス、商業施設などが入る複合ビルに建て替える再開発計画を検討している。

 ホテルには正社員六十人、パートなどの契約社員四十八人の計百八人が勤務。正社員の一部は、近鉄・都ホテルズが全国で運営するホテルに移る。ほかの退職者は近隣のホテルなどを受け入れ先としてあっせんしているという。 
(織田龍穂)

 JR金沢駅前の「金沢都ホテル」(金沢市此花町)が三十一日午前、営業を終えた。北陸初の都市型ホテルとして半世紀余り親しまれた老舗。最終日は常連客をはじめ、建設に携わった関係者ら多くの人たちが宿泊したほか、閉館を惜しみ、見送る地元住民の姿もあった。今後、建て替えも含めた再開発計画が持ち上がっているが、具体的には決まっていない。

 「駅前は当時、高い建物はほとんどなかった。第一号のビル工事じゃないかな」。半世紀余り前、働き盛りの三十代のころ、金沢都ホテルの建設に携わった相模原市の平井義人さん(90)は、家族とともにホテルの“最後”を見届けた。

 ネットで情報を得た長女から閉館を知らされた。今回を含めて宿泊回数は五回ほどになる。「工事のことをいろいろ思い出しながら泊まった」

 当時は一九六四年東京五輪に向け、首都圏で有名ホテルが多数誕生した「第一次ホテルブーム」。金沢も例外ではなく、工期は一年で、昼夜問わず急ピッチで工事は進んだ。「地下三階を造るためにブルドーザーを使い、十五メートル近く掘ったら、途中で水が出てきてね。一分間で一メートルも水位が上がった」と振り返る。

 チェックアウトする朝、スタッフに工事の話を語った。苦労は絶えなかったが、平井さんは「都ホテルは思い出深い場所」と話す。

 地元住民にとっても思い出を彩る場所だ。金沢市新保本の松原得二さん(86)は、開業当時から地下の飲食街に通った。中学の同窓会の会場で利用したことも。「金沢のシンボルで最高のホテルだったのに寂しい」

 石川県内灘町の男性会社員(55)は出社途中、閉館の看板に目を留め、写真に収めた。「小学生のころ、喫茶店でパフェを食べた」。当時は「金沢ビル」とも呼ばれ、ここを訪れることがあこがれだったという。

 金沢市此花町の佐々木理菜さん(24)にとっては成人式が開かれた大切な場所。「子どものころからずっとあったホテルだから、なくなるのはちょっと寂しい」と話す。生後四カ月の泰希ちゃんを抱き、言った。「この子が成人するときは新しいホテルで式が開かれたらいいな」
(田中美知生、織田龍穂)

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